デザフェスの感想らしきもの

自己表現が好き。何かを形づくりたい、描きたい、奏でたい、そういう欲求を満たすことに快を感じる。頭に浮かんだものがそのまましぼんで消えてしまうことがもったいない。他人に見せたい。他人のも見たい。お互いの絵を共有して、いいものはいいと褒め合いたい。

自己表現はそれがなんであれ簡単にできることではない。厳密にいうと、簡単にははじめられる、けれど自己を「正確に」表現できるようになるまでには、時間がかかる。絵描きだって、音楽家だって、踊り手だって誰だってそう。脳内と目前の絵にギャップがあることは苦しい。その隔たりは日々の積み重ねを貫くことでしか埋められない。ゴールが遠くても諦めないことただそれだけが最速に繋がる。たとえ周りがやめても自分だけはやめない。

表現の仕方はなんだっていい。向いてる向いてないはあるかもしれないけど、好きで、没頭できるものであれば、結局なんだっていいのだ。ただ、分野によって表現の得意不得意は大いにあると思う。例えば私にとって、エモーショナルな絵は踊りでぶつけたいけど、細いピンの上を渡りあるくような、繊細な絵は写真で表したい。もちろん人によっては違うかもしれない。日本語と英語、どちらにも表しきれないことがあるから、どちらも織り交ぜて使いたくなる、と井上ジョーさんが言っていたが、それとどこか似ていると思う。

先日、デザインフェスタに行ってきた。そこでは多くのクリエイターの作品を見ることができる。皆が皆、自分の内なる思いを作品にこめていて、それらを愛していることが十二分に伝わってきて、なんだか感無量だった。そして表現の手段が磨かれているほど、やりたいことを正確に具現化できているに違いない。優れた創作者は針のような感覚と、正確無比なコントロール力をもっているイメージがある。進まなければ。私もはやくそちら側に立ちたい。